〜フジロッカー、海を越えグラストンベリーへ行く〜
2004年6月25,26,27日の3日間、イギリスのグラストンベリーで行われた野外フェスティバル"Glastonbury 2004"(以下グラストとする)に参加してきた。
はるばる海を越えてイギリスのフェスティバルに参加するなんて普通の感覚では考えにくいことだろうが、僕が参加するようになった理由はやはりフジロックフェスティバルという日本の音楽文化を変えたイベントの存在によるものが大きい。
僕自身フジロックに初めて参加したのが2001年のこと。その年のヘッドライナーとしてOasisが決まっていた。
当時、熱狂的にOasisにはまっていたこともあって(今もだけど)、九州に住んでいた僕にとって新潟は無縁の地であったけれど、はるばる足を運んで参加した。
そして、その時に初めて味わった野外フェスティバルの楽しさに見事にはまってしまい、今では夏フェスバカと成り果ててしまった訳である。
音楽もただ音楽だけで楽しむのではなく、その他のいろんな環境・要素が絡んでくることによって、より音楽をいい気分で楽しむことができるということに魅せられたのだ。
その後もフジロックを中心に色々な音楽イベントに参加してはより熱が加速していったが、その根源となったフジロックにもルーツとなるフェスティバルがあると知った。
それこそが僕が参加してきたイギリスのグラストンベリーフェスティバルだ。
自分の音楽生活、いや生活そのものを変えてしまうほどの影響力を持ったフジロックが手本とした音楽フェスティバルがあるという。
しかもその規模はフジロックとは比べ物にならないほど巨大だという。
歴史は30年にも及び、出演したアーティストの顔ぶれも蒼々たるもののようだ。
いろいろネットなどで調べてみるが、何やら会場の雰囲気は日本では見たことがないような奇妙なモノ、面白そうなモノ、巨大なモノあってピースフルな雰囲気らしい。
超いきてぇ・・・!
一年中頭の中がフジロックのことばかり考えてしまっている男である。
行きたいと思わない訳がない。
行きたいとかいう次元ではなく、フジロッカーとして
「行かねばならない」とさえ思った。
フジロックのルーツとなったグラストってどんなフェスティバルなんだろう。
あのビートルズを生んだイギリス。あのオアシスを生んだイギリス。
その思いは膨らみ続けて2004年。
都合により仕事を辞めた今年こそが時間的なチャンスだ。
そして今年は
Oasisと
Paul McCartneyがヘッドライナーとして出るらしい。
これは千載一遇のチャンス。神が行けと言っておるに違いない。
こうなればもう、思い切って行っちまえ!と、イギリスに行くことを決意したわけである。
僕がグラストに向かうための手段として
ツアーを選択した。
そもそも英語もろくに読めないのに、1日で12万枚も売切れてしまうようなチケットを手に入れることなど出来そうもない。
それにグラストではキャンプが必須ということで、出来れば日本から重装備もしたくないし、移動のレンタカーとかも不安がある。
そんなリスクを背負ってまで出費を切り詰めたくないし、またとないチャンスを確実に楽しめることを第一としたかったからだ。
自力で行くとしても2回目以降でいいのではないかということで、多少出費はかかったが堅実な選択肢を選んだ。
結果的にはツアーを選んで正解だったと思っている。出発してから帰ってくるまで何のトラブルもなかったし、自分と同じような音楽バカと出会えることが出来たし、楽しい思い出を共有することできたからだ。
そういうわけで、今後グラストに興味があって行ってみようかと考えている人はツアーという方法もあるので検討してみるのも良いかもしれない。
お世話になった
オアシスツアー
その2へつづく
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